夕日は、寂しいモノだと思っていた。
タイのプーケットで見た夕日は何故だか分からないが寂しい気持ちではなく、明日が来るのが楽しみのようなそんな気にさせた。
僕が、その夕日を見たのは、ホテルのプライベートビーチをずっと右手に進んだ誰もいない砂浜のその先の岩場だった。黒く尖った岩肌を持つ岩場を登ろうとすると、高さが2mぐらいあり、手を掛けたら血が出そうなくらいの痛みを伴ったが、気にせずに登った。
多分、日本だったらロープがされて立ち入り禁止とでも看板がされているだろう。岩場を登り切ると岩場の先に海があり、その上空に夕日が見えた。僕は夕景をもっと近くで見ようと岩場の先に歩を進めた。
タイは常夏だけれど朝と夜に少し寒い時がある。勿論雪が降るくらい寒い訳では無いが長袖の上着が必要になるくらいの寒さだ。今、岩場を歩いている瞬間にも暑さは少しずつ涼しさに変化しようとしていた。海から来る風も海に近づく度に強く感じた。
歩く時にもゴツゴツとした岩肌に僕のビーチサンダルが負けて足の裏に微かな痛みを感じさせていた。夕日は今まで見た事の無いオレンジ色をしていた。
日本で見る夕日は包み込むようなオレンジで、他の景色と調和して溶け込むような光を放つのだが、今見ている太陽は海に真っ直ぐ長く広範囲に影を落としていて必死に沈む事に抵抗しているような気がした。オレンジ色が濃く屈強で、力強さの様なモノを感じていた。僕は、下唇を噛みしめた。乾燥していた唇の一部が切れて血の匂いと味がした。
僕は目を閉じてプーケットで過ごした今日一日を思い出していた。
まず空港に着いてホテルに向かった。
ホテルは少し値段の張るプライベートビーチがついているホテルにした。僕はタイバンコクに仕事で赴任してきたのだが来週、1年8カ月の駐在を終える事になる。
だから最後にプーケットに旅行を計画して、ホテルぐらいは少し高くてもいいかと奮発した。ホテルはログハウスとタイ風が混じった不思議な造りだった。
ホテルのプールでは名前も知らない赤紫の花が鮮やかに咲いていた。プールでは白人のご年配夫婦が伸び伸びと日光浴をして楽しんでいた。ビーチリゾートのホテルではよく見る光景だ。
しばらくプールが見えるバーで西瓜で出来た甘いジュースを飲みゆっくりと過ごした。僕の旅は大抵弾丸である事が多い。基本的にはホテルなんて熱いお湯が出て寝れれば良かった。それが今回はゆっくりとした旅を望んでいた。恐らく2時間ぐらいゆっくりして、部屋に戻り外出着に着替えた。
マングローブが見えるツアーに参加するためだ。ホテルに迎えのボックスカーがやってきた。10人くらい乗っていて、白人のカップル達と老夫婦、後はタイ人と中東系の人が1組混ざっていた。ボックスカーは港で降りて、そこから船舶に乗り込んだ。船で奇岩や、マングローブを見るツアーだ。
乗客は一様に楽しそうにしていた。僕はなんだかその雰囲気に馴染め無くて甲板にでて一人海を見つめた。ツアーに参加しなければ良かったかなと思った。しばらくすると船からマングローブが見えたが決して心が踊らなかった。船長が不思議そうな顔をしていた。
エメラルドグリーンの海を甲板から見ていたら、船内が騒ぎ出した。なんだろう?と思っていたら中東の男性がかなりの酒を飲んだらしくプラスチックで出来た椅子や壁なんかをドンドン叩いたり蹴ったりし歌いだした。かなりの千鳥足だ。
その度に大きな音がして船が揺れた。
白人の老夫婦は明らかに嫌悪の目線を投げかけ、タイ人達は無視をしていた。
中東の男性の隣には、褐色の肌をした奥さんらしき女性が、なんとかやめさせようとして周りにすみませんと言いながら、手や足を抑えたりしていた。ガイドの人も止めに入っていたが、なかなかやめ無かった。しかし彼が、何かアラビア語を発した後、急にスイッチが切れた様に眠り出した。
奥さんはホッとした様に席からみんなに向けて、「ご迷惑を掛けてすいません。私達の国では隠れてしかお酒を飲めないので飲み過ぎたんだとおもいます。」と綺麗な英語で言った。先程不快な視線をしていた白人老夫婦も
納得したようだった。それから船は無人島の入江で停泊した。そこで乗客は自由時間になり、シュノーケリングや浜辺で遊び始めた。
僕は、あまりはしゃぐ気分ではなくて船内に残った。船内には、寝ている中東の男性と奥様だけだった。僕は、席を移動して、彼女に声を掛けた。
「旦那さんは僕が見てきますから、海に行かれてはどうですか?」
椅子からはみ出して横になっていた旦那さんの寝顔を愛おしそうに見ていた彼女は、僕を振り返った。多分27.8歳だろう。茶色の瞳の上には紫の少し派手目のアイラインが引かれていて、耳には中東の幾何学的な模様が刻まれた大きなイヤリングをしていた。
旦那さんの安らかそうな寝息が少し聞こえた。
「いいえ。大丈夫。有難う。水着も持っていないし」
僕は、「あそこの店で売ってますよ?」と
指差した。
そうしたら彼女は困惑した顔をした。「いえ。水着はダメなの。」
理由を聞くと宗教上の理由からだった。
僕は、「知りませんでした。すいません。」と謝った。
彼女は、「全然いいの。タイにきたらお化粧もできるし、洋服も着れる。私はとてもハッピーだわ。」と軽く微笑んだ。
その顔が少し悲しみの様なものを含んで見えたのは僕の錯覚だったのかもしれない。
彼女は、海辺で、はしゃぐ白人やタイ人に目線を向けて「でもとても、楽しそう」と言った。彼女は海の方に顔を向けていてどんな表情をしていたのかは分からなかった。
沈黙ができて気まずくなったが、しばらくすると旦那さんが目を掻きながら起き上がった。彼女は彼に視線を向けて、旦那さんは彼女にキスをした。
僕もこれを好機に自分の席に戻ったら、自由時間を終えて乗客が船に戻って来ていた。みんなずぶ濡れだが一様に満喫した顔をしていた。
それから船は入江を離れて次の目的地に向かって出発した。ガイドがプーケット本島に戻る途中、アメリカの有名映画俳優が主演を務めた映画で出てきた海から突き出た岩が有るといった説明をしていたが、僕は聞いていなかった。
ただ彼女が自国に帰ったらどういう生活をしているのかを夢想した。恐らく中東でよく見るあの黒い民族衣装を着ているのだろう。中東のイスラムが厳格な国では、運転もほとんどの女性が出来ないと聞いた事がある。スポーツなんかも確か規制されている。彼女の喜びは今話している旦那さんだけなのだろうか?
それともそれ以外の楽しみがあるのだろうか?そして今、幸せなのだろうか?きっと幸せなんだろうと思う事にした。
そんな事を考えていたらプーケット本島に戻っていた。最後に見た彼女は船から降りて旦那さんと一言、二言話しをして彼に笑いかけて岸壁を歩いて行った。
彼女がもし日本に生まれていれば、水着を来て浜辺で遊ぶ事ができた。勿論、どちらが幸せなのかは僕には分からないけれど、一つ言えることは、僕は、僕自身がその選択をできる恵まれた環境に生まれたのだという事だった。
僕は、タイに仕事で来た。1年8ヶ月、自分なりに頑張ったが、何をしても上手く行かなかった。だから会社は僕を1年8カ月で僕を異動する選択をした。実力が足りなかったのだ。とても悔しかった。そしてタイ最後の週末にここ、プーケットにきた。
今日は、この後ホテルでボーッとしようと思っていたが、夜はムエタイを見に行く事に変更する事にした。何をためらっているんだ。ホテルで夕日を見たら出掛けよう。
僕は、タクシー乗り場に続く岸壁を歩きながら、「僕は、間違いなく幸せなはずだ。」と自分自身に言い聞かせるように呟いたら、彼女の寂しげな顔が、浮かんでは、消えた。
岸壁に打ち寄せる波と風は、次第に強くなってきていた。
何故か僕の背中を押している様な気がした。
最後までお読み頂き有難うありがとうございます。
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コメント
プーケットの広いビーチとそこにくるに至った心情。旅先でもし自分がここに住んでいたらどんな人生だったのか?またそこに住む彼らがどんな生活をしているのか?出会った人たちはどんな国から来て、、、と空想をすることは自分もあります。低緯度地方特有の落日と海に面した場所の夜の涼しさ。帰任前の複雑な心境とマッチして、リゾート地プーケットを想像しがちですが、いろいろ考えさせられます。
コメント有難う御座います。プーケットは如何にも南国のビーチリゾートで海も綺麗でしたが、余り気持ちを癒してくれませんでした。でもこの中東の女性に本当に救われました。今、出来る自分は幸せなのと、出来る内にやっておかないという気持ちになりました。
生まれた国や地域、家によって人生は大きく変わりますよね。
どんな所に生まれても、上を見ても下を見てもキリがないといいます。
自分自身の生まれた環境を宿命として受け入れた上で、後は何をして生きていくかですよね。
色々な国に旅に出ると様々の価値観に触れられていいですね。
asaintheskyさん
コメントいつもありがとうございます!
旅に出る事で価値観変わりますよね。本当に早く旅に出たいです!
asainthe skyさん
タクシーは僕ならぼれると思ったんじゃないすかね?
リアクションもなかなか凄かったです!