ペルー・マチュピチュ旅行記(7)ーScenary of Machupichu ー

ペルー


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今日は、ちょっと疲れを感じていたので、ポカリスウェット飲みました!

ポカリって風邪っぽい時に飲むとなんであんなに美味く感じてさらに体調治るんですかね?(個人の感想です。)

でも、僕の赴任していたインドネシアでは断食後にポカリスウェットはバカ売れするらしいですよ!

イオンサプライ?よく分からないけど。笑笑。夏はポカリ毎日常備してました。笑笑

こんにちは!mottoです!

では、またペルーの続きをどうぞ!

↑朝靄の街並み

翌日は、6時にツアー業者が指定したバス停に向かった。昨夜雨が降ったらしく地面が濡れている。

アスファルトからは朝の優しい匂いがした。バス停には長い列が出来ていた。

時々日本語も聞こえる。

ツアー業者がくれたチケットを用意して30分ほど待つとバスに乗れた。

バスはしばらく昨日、夜降った為と思われる雨量の為氾濫するのではないかと思わせる泥川に並走するように進むと、次は山道を登っていく。

日光のいろは坂のように何度も蛇行する。もう、このバスが転落するかでもしないとマチュピチュに辿りつく事は間違いない。

僕は、本当にマチュピチュをみていいのだろうか?と感じ始めていた。知らぬが仏というが、もしかしたら一生知らない方が幸せじゃないのか?そんなことを車窓に流れる景色を見ながら思っていた。

↑入り口前の売店

バスは山を10分ほど登るとマチュピチュの入り口に人だかりが出来ていた。バスを降りてガイドについていく。

↑チケット売り場を抜ける

いよいよだ。僕の心臓の鼓動は、もしかして他人に聞こえるのではないかと思うぐらい高鳴っていた。

歩きながらもマチュピチュが大した事がなかったらどうしようとか、やはり見ない方がいいのでは?と心配した。

その心配は、景色を見た瞬間に杞憂に終わった。

マチャピチュという場所は思いの外、細長い山の頂きに泰然と存在していた。

この遺跡ほど存在していたという表現が似合う場所も無いように感じた。

遺跡の大きさは写真や夢で見て、想像していたモノとほぼ同じサイズの造形をしていて、

紫禁城やピラミッドのようなスケールの大きさこそは感じ無かったが、しかし他のどの遺跡にも無い独特で圧倒的な神秘性を纏っていた。

遺跡の神秘性を下支えしていたのは間違い無く朝靄(もや)だった。

この霞(かすみ)のような朝靄は僕が、見学を始めた時にはマチャピチュ遺跡の奥にある霊峰ワイナピチュの深緑と茶色が混じった山肌の殆ど全てを隠していた。

↑朝靄に隠れるマチュピチュ

 

しかし僕が、写真を撮り始めると徐々にそのベールを外し夢や写真で見たマチャピチュの全貌を美しく描き出していた。それはまるで僕をマチャピチュが待っていてくれたように。 

↑僕がくると徐々に朝靄が無くなる。

その朝靄が作り出していたのは見た目の美しさや神秘性だけでは無く、恐らくはマチュピチュの左右の真下に見えるウネウネと蛇行する川の水分を多量に豊潤に含んでいて、冷んやりとした心地良い冷気と同時に大気中に大量の艶やかなマイナスイオンを産出させていた。

↑見にくいけど下に少しだけ茶色の川

その潤いは僕の顔や皮膚を包みこみ、まるで僕を遥か遠い時代、それこそインカの時代にいるかのような不思議な世界に誘っていて、何か夢の中に入り込んだような気持ちにさせて、今いる現実味を薄れさせていた。しかし、周りの観光客のノイズでさえ気にならぬ程に眼前の景色に集中していて頭は冴えていた。

目の前のマチャピチュ遺跡は悠然とその神秘的な造形を誇示している。

↑マチュピチュは花も咲いていた。

僕は黙って息を呑み遺跡の端から端まで仔細に観察した。ゴクリと飲み込んだ唾が喉を滑らかに通りすぎて行く。

 

マチュピチュ遺跡は中央の緑の絨毯が敷かれた広場のような場所が、左右にスペースを隔てている。

右側がやや低く傾いていて斜面に沿って削られた岩で出来た小さな部屋がいくつもある。あの部屋一つ一つに家族が住んでいたのだろうか?

 

それともここはただの神殿だったのだろうか?一体マチュピチュ全体で何人ぐらいの人が生活していたのだろうか?それとも生活などしていなかったのだろうか?

敷地を区切る岩の一つ一つは微妙に大きさが違いそれもなんとも言えない趣きを与えていた。

↑結構、上りがきつい階段

中央の広場には一本だけ大樹があり、あの大樹はどんな歴史を目撃して来たのだろうと想像したりした。

 

↑意識的に残された?樹木

マチャピチュはスペイン人に侵入されぬようこの場所に存在したはずだが、まるで異邦の日本人である僕を優しく迎え入れるような懐の深さがあった。

 

僕は歩きながら麓の街で聞いていたペルー伝統の吹奏楽器で奏でる「コンドルは飛んでいく」の旋律を頭の中でリフレインしていた。皮膚に触れる風は、朝靄に覆われて微風とも無風とも言えた。

頭の中で奏でた悲しげで繊細なフォルクローレはアンデスの山奥の大地を1人踏みしめて悲しみや別れを捨てて歩くような寂寞とした気持ちにさせていた。そしてこれまでの遠い旅路をプレイバックさせていた。

↑マチュピチュは、いちいち景色が見応えある。

サカテカス からこのペルーに来るまでのトラブルや道のり、今まで幾度も旅を断念した過去。学生時代に金銭面で断念したあの日の後悔。

その全てはこの叙情的なメロディと相まって眼前の景色と見事に調和していた。もう、何も言葉は要らなかった。ただ目の前の景色だけを見ていれば良かった。

↑出口まであと少し

最後までお読み頂き有難うございました。
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